<rss version="2.0" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"><channel><title>M&#39;s Blog</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com</link><description></description><atom:link href="https://kmatasak.amebaownd.com/rss.xml" rel="self" type="application/rss+xml"></atom:link><atom:link href="http://pubsubhubbub.appspot.com/" rel="hub"></atom:link><item><title>排除論じゃ育まないよ</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1192194</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;今、仕事としての介護に就こうと思えばどこでもここでもあります。しかし、人は選んで「ここで」働きたいと決めます。いろんなバックボーンとともに新しい組織の仲間になるわけで、それまでの経験は活かされるべきだと強く私は思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかしながらその前の経験や実績が時に邪魔する時もありますね。ここのやり方はこうだ、前はこのようにやっていた、などなどあげればきりがありません。おそらく懸命に今までも取り組んできたのでしょうし、それを活かしたいという気持ちの結果であると思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;こんな場面もあります。とても近いついてもらっている先輩やスタッフの指導について、うちはこういうやり方ですよ、仕組みと流れや、具体的な個別のケアの方法を指導してもなかなかできない、のではなくその通り実行しようとしない経験ある新任さんがおります。それが介護従事者としの態度や知見や適性な介助方法として受け止めることができるのであればまぁ先輩も納得すると思います。懸命に指導する先輩もこの状態が続くと「あの新しい人は言ってもその通りやろうとしません」と指導を行ったな内容と指導を受ける態度の評価になって表れてきます。確かに現場は人手は厳しいものがあり、しっかりとマネジメントの教育を受けた者が指導職になるのが本来の姿でありますが、３～４年でリーダーにならざるを得ない状況があり、指導する側にも育成という課題は確かにあります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;こんな状況を踏まえながらも育成し、この組織の中で同じ目標に向かって取り組んでいくチームメンバーになっていく必要があるのです。どこでもここでもの介護でよければそうすればいいのですが、そうじゃなくて経験をひっさげて新しい組織での仕事としての介護を実践していくと決めたのですから、経験ある新任ささんであっても「型」にはまること、しっかりと指導されたことを実践できるようにすることが大切なんじゃないかと思います。思考過程は態度になって表出されます。なぜ大切かというと、指導された到達目標もそうですが、その指導をもとにそれができるように取り組む姿勢や態度がとても重要であること、なぜならそれはそのまま先輩の先の入居者さんに直結するからです。人（先輩）の話や、話ではなくって「指導」も聞き入れる「こと」もできない、しようとしないことに大きな問題あるからです。この「こと」は能力であり求められるものでもあります。入居者や利用者に対しても、自分のやりたい介護になってしまう可能性があるということです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;何か問題で、その問題はどのような影響があるのかということからすると動きようがあると思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;こういうやりとり何度もやっていくことが育成であり、組織の大きな機能だと思っています。こういう育成の仕方も人が創っていっているのです。おそらく排除論や、解雇という言葉を簡単に使う組織にはない実践力だと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;経験ある新任さんはきっちりとチームメンバーになっていくこと、育成する先輩や組織もブラッシュアップしていく、すなわちこちら側（組織）の課題でもあると認識から始まると考えます。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Fri, 02 Sep 2016 01:21:26 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1192194</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>組織的な達成感へ変換</category><category>施設サービス</category><category>職員モラール</category></item><item><title>介護により利用者権利擁護</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1152814</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;人の権利をまもったり擁護したりするために様々な法律や制度やルールなど様々にありますが、それだけで護れるかというと、それを担ったり運用したりする私にかかっていると思います。スピード違反、駐車違反を考えると法律だけではまもれないです。私であり、私たちであると思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;a href=&#34;https://drive.google.com/open?id=0B3nr6OUmloRiNHhXV2kxYUxyNzA&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/26b72f182ca8f3e5fda965e49e36e835_fa592cd68f23edc98986f8aaa64eee0e.jpg?width=960&#34; 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url="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/26b72f182ca8f3e5fda965e49e36e835_fa592cd68f23edc98986f8aaa64eee0e.jpg"></enclosure></item><item><title>言葉は態度を引っ張ってくる</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1056396</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;何も常に丁寧な言葉遣いがいいというわけではない。けれども関係があるからと友達口調、と思えば関係を無視した命令口調。丁寧な言葉遣いの方に友達口調から始まって、全ての方々に命令口調になってく。言葉は態度も引っ張ってきます。行動変容させたいなら言葉遣いが大切で、だから意識して言葉かけることが求められる。その方の、使っている言葉遣いをそのまんま不快にさせないように使う。意識すれば何でもない、今からできるもっとも必要な技術とはなしてはみましたが、永遠の課題といいますがもう技術と考え、個の倫理観とかだけに依存しない仕組みと流れが組織に必須だなと、毎年の勉強会で実感します。あと、これを身に付けていく、ということの仕組みと流れ。&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/e585d25c8c3471b9cafc9554da41b568_71e4a91779ed233e3ffb684f13e9e352.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;</description><pubDate>Sun, 24 Jul 2016 01:21:18 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1056396</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><enclosure length="0" type="image/jpeg" 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26 Jun 2016 00:24:09 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/958354</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>「自分でこげるから介助しないように」という考えは</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/939831</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;「自分でこげるから介助しないように」という考えは、行為そのもの、ここでは移動する（これは動作ですが）というこの自立しか考えていないということを知る必要があります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;この考えが基にあると、この時の声かけも変わってくる。「頑張ってくださいね」という言葉になってしまう。実際、僕も「頑張ってください」と声をかけていた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;はたして「頑張る」とは、何に対しての頑張れなのかということ。本人にしてみれば、これ以上どう頑張れというのか、追いつめる言葉でしかない「頑張ってくださいね」だったのではないだろうか。本人が考えていること、思っていることを中心にした視点でみると、ここでは、本人が思う先には「トイレで排泄したい」ということが見えてくる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;移動はその先の目的のための手段であって目的ではない。ここではトイレが目的であるはずが、手段の自立を強いた声かけであったかもしれない。その方にとって自立できるように、維持できるように係わる時、ここでは移動であるが、ほかにも目的ではなく手段に対しての声かけを随分と無意識的に行っていたことに気づく。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;目的を達成するため、手段としての行為が失われたとしても、人の手をかりて、あるいは物と使い、道具を使い、行うことができればどんなにか本人が満足や安心感を実感できる時となるのではないだろうかと思う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そもそも何々していけるという能力を超えてまで促すということはケアではないということ。しっかりと能力をアセスメントしながら、その方の可能は範囲での行為としての自立を考えることが必要なのだと。その時の係わる介護職の声かけや、周囲の人々の温かい眼差しは能力に欠かせない「やる気」となることは言うまでもないがしっかりと能力評価することも重要である。&lt;/p&gt;&lt;p&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかしながらいずれ行為としての自立は失われる。本人がこうしたという願いをしっかりと受け止めること、そして理解すること、目的のための手段は人の手である介護職によって行われることは決して本人の自律を妨げるものではなく助長させる係わりであるということを知る必要がある。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;僕の施設でも入居者の平均介護度は４を超えている、行為としての自立ではなく、その人が自分らしくという自律を支援しているといっていいし、行為としての自立ではなく自分らしくの自律を支援しなければならないということをこの値は物語っているとも思う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;自立を目指すがあまり自律が失われるようなケアであってはならないし、その認識の差がスタッフ間のケアの差にならないことを願いたい。人が少ないということだけで問題なのに、そこで係わるスタッフの質に左右されるという実態があるという歪めない現実である。しかしながら今からでもできることはあると思っている。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Mon, 20 Jun 2016 08:41:05 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/939831</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>Blog</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;記事一覧&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 18 Jun 2016 06:43:14 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com</guid></item><item><title>組織自体をブランド化</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933726</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;今さらながら、コーポレートブランディングって重要だな、と実感。&lt;br/&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;自分の強みもそうですが、この仕事というか、あそこにはあの人がいる。あの事業所にはあの素晴らしい人がいる、ことでこの業界の人は目安になります。人がブランド化している状態はともてとても大切ですが、人に焦点をあてているだけでは、その「人」がいなくなったら、どうか。&lt;br/&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;やはり組織自体をブランド化していくることが大切と思います。ケアマネさんは、事業者を選ぶ時、あそこの事業所は認知症ケアについては他に選択の余地がないくらいいいケアを提供しいる。あそのこの介護スタッフの介護技術はまさに自立支援！、あそこの事業者のスタッフが活き活きとしている。これだけでは足りないと思いますが。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ケアマネさんから選んでもらう時、「安心といえば、やっぱ○○事業所だよね」と安心という言葉から、逆に事業所のネームから浮かぶのは「安心」だよね。これがこちらがわ業界の人だけではなく、地域の人からの認知が大切。こんな風につながっていくこと、地域に内在する事業所としてこれからの５年、１０年、２０年に進んでいかないとと、思いました。２０年後は私は後期高齢者になってますが。今のうちの施設の２０代３０代が、向うの未来に向かって自身の成長を実感できるような事業所そしてケアを考えていくこと、役割と場が人を成長させることを実行していこうと再確認。やることがいっぱいというより成し遂げる、で行こうと思います。&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 11 Jun 2016 04:20:47 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933726</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>組織的な達成感へ変換</category><category>施設サービス</category></item><item><title>構造の中にいることを知る</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933725</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;昨日の鎌倉の花火大会は残念ながら中止なりましたが、老福の指導監査は雨が降ろうと雷が鳴ろうとある。と思いながら臨みました。やはり介護保険のレセプト、不正は絶対に見逃さない！という実地指導からすると、質をあげていくにはどうすればいいのかを共に導き出す、あるいは示唆してくれるという老福の指導監査はほんとにありがたいし、必要だと思ったしだいです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;そういう構造の中でケアを提供しているから、なんとかケアの質を良くしていこうと思って仕事としての介護の取り組みは勿論ですが、出来上がらない状態でいれるのかもしれません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;そういう構造の中にいない、事業者さんは自らのケアやサービスの質を自らでアンテナをはりしっかりと受信して改善や上げていかなくてはなりません。実に厳しい状況下（構造として）でやっているということです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;そもそもサービスとは、よくいうお客様から育てられるといいますが、こと我々の介護サービスはこの構造から違います。不味い、上手い、美味しい、接客がいい、とたんにお客様からレスが帰ってくるのが我々以外のサービスではないかと思います。飲食店なら途端に潰れます。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;店主が口を開けてボーっとしていてもある意味お客さんから育てられるのです。こりゃ大変だ！と。しかし、私達が対象としている方々は、様々な理由でこの状況にはありません。認知症のある方や言葉を発することがとても難しい方々、すべての日常の困りごとを他に委ねざる得ない方々を対象としています。口を開けていてもお客さんから育てられる構造にはないのです。そういう構造の中で仕事しての介護を行っている、という認識に立つことなのだろうと思います。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;同じ介護の仕事でも、自分が働く介護、福祉といわれる構造により、目の前の利用者さん、あるいは入居者さんへ実際に届くケアの違いがここにあるのかもしれません。仕事としての介護に従事する一人一人の職員の意識にどれだけビームされているかではないかと思います。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;意識しその意識、理解が行動として、身につくこです。ここなのです。理解の先にある身につけるが、とにかく必要なのです。いろんな研修をやっても参加しても、それは50%なのです。活かす組織と本気のスタッフによるとつくづく実感した日でした。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;各専門職そしてチームの成長のために、普段いろいろと口出ししてますが本日の指導監査は私管理者ははじめの挨拶のみで、あとは各スタッフに任せヒヤリング等もすべて対応してもらいました。&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Thu, 30 Jul 2015 06:40:08 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933725</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>組織的な達成感へ変換</category><category>施設サービス</category></item><item><title>個と組織の統合化</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933724</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;私たちの周りにある「もの」、「こと」、「人」、「組織」あらゆるものといって言いと思います。&lt;u&gt;制度や仕組みや、プロスポーツ選手やケアマネの更新研修であったり、はたまた自分が使っているスマホやＰＣや、あげればキリがないほど&lt;/u&gt;「バージョンアップ」がされています。というより「バージョンアップが求められています」。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;けれども、いつの時代にもユーザーではなくディーラーの側から、前のほうが良かった、この仕組みはどうも不具合があるなど、変化を受け入れることが難しいという感情がうまれます。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;しかし、なんのためのバージョンアップかということをしっかりと理解することからはじめていきたいと考えています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;昭和47年から約24年間　東京都老人医療センターでＳＷとして活躍された私たちの大先輩の奥川幸子先生は、&lt;/div&gt;&lt;div&gt;私たちは、「職業的な援助職者（言い換えると仕事として介護）」です。医療保健福祉の領域で働く専門職といえます。対人援助は、その専門性や活動目的に応じて、さまざまな領域や手法で実践されます。職業的な対人援助職者が有している専門性の高い知識や技術、また様々な領域で対人援助実践をしている実践家がそれまでの人生経験や実践体験によって手に入れた知識や人間力を、最大限クライアント（私たちでいうと入居者あるいは利用者）に活用して&lt;/div&gt;&lt;div&gt;いただくために、支援の目的を達成するために、私の実践的な向上、私たちの組織的向上が求められます。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;とあります。　　（身体知と言語　対人援助技術を鍛える　奥川幸子著より）&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;このような意味においても私たち「役割」を担う人に求められることは何か、ということにつながっていくと考えます。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;現場の人たちは、やっぱりなんだかんだといっても「確かめられる人」がいるかいないか、が大切なのだろうと思います。介護から生まれる様々な問題が、どのような性質の問題なのかを吟味し、仕組みの課題なのか、流れの課題なのか、能力の課題なのか、日々判断と行動がスタッフから求められます。そういう実践力を高めていきましょう。その確かめられる人がここにいる皆さんです。ボトムアップしていくには私たちがバージョンアップしていくことです。引っ張り上げていきましょう。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;私自身の長年のテーマはこの介護の仕事に就いた時から、個と組織の関係です。個が活かされる組織とはどのような組織なのか、組織が活きていくためにはどのような個の取り組みが大切で必要なのか、ということがずっとのテーマでありまして今もそれは課題です。仕事としての介護ですので、さらに組織的に提供していくわけでありますので、この私たちの「現場」で「働く者」にとっては永遠のテーマであると思います。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;その姿勢は一貫して、「出来上がらない状態を意識して」です。ここにもつながっているとおもっています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;希望をもってあゆんでゆく、困難や問題があってもそれに取組み解決しながら成長していく。希望が持てる人（部下からみた先輩・同僚）が組織にいるかどうか。一緒に頑張ろうと思える人、組織なのか、人は皆自分の力を活かしたいし、活かされたいと思います、そういう力を活かす、活かせる組織にしていきたいと思っています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;経験は大切といいます。経験によって得られるものとは、何か、実は課題であったり、自分にないものを知るということであったり、求められるものであったり、あるいは自分がやりことを知ることなのかもしれません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;しかし、これは組織にいて取り組んできたから導きだされるものなのだろうと考えます。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;個人の目標と組織の目標。自分の成果が組織にとっての成果へつながっていることを理解している状態が、求められていくと考えています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;個人の成長重要はとても重要です。組織の理念に照らして、どうだろうかということ。そもそも介護とはやりたい介護ではなく、求められる介護を行っていくこと、そこに自立支援という基本理念を柱に支援していくかが難しく、だからこそ、経験によって獲得されたもの、していくというのは何のためなのかを追求しいてくことが大事だろうと思うのです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;自身の目標や成果が組織の理念や目標に向かっていくとき、どのような影響があるのか、どのように動けばいいのかということ考え仕事をしていくという統合化が求められると思います。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;良くしていこうという「ところ」に自分が参画できるかどうかではないかと考えています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;サッカー選手は、自らの技術の精度を高めるために厳しいところに身を置きます。海外という厳しさに自分を置きます。自らの成長ですね。素晴らしいです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;サッカー選手の目標は試合の勝つことです。「チームに貢献できるように」と必ずコメントします。自&lt;u&gt;分の成長がチームへの貢献につながっているという個と組織の統合化ができている&lt;/u&gt;こと物語るコメントといえます。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;私たちもプロとして社会からは評価を受けています。そういう組織づくりとそういう個が希望です。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;今やさまざまなところで介護を通じて様々なつながりや研修会などがあります。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;組織の情報は伏せて、自分が何をやりたいか、等々でのつながりって確かにあるのですが、でも何のための研修等々なのかというと、自分の属している組織的な介護サービス事業の、向上なわけなので、みんながやりたい介護ばかりやってたら、どうなるのだろうと不安になります。&lt;u&gt;介護で生まれた問題は、介護サービスを提供していく中（組織）、どのような性質の問題なのか、そこでも解題解決や実践で洗い直しが必須&lt;/u&gt;なのです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;自分がやりたい介護から、&lt;u&gt;求められる介護の追求、自分と組織との統合化というイノベーションが質の向上につながり&lt;/u&gt;国民にとっての介護、もっと大きくいうと福祉の向上に寄与していくことになると考えます。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;最終的に特養を選ぶ時、選んで頂き「入ってほんとに良かった」と入居者、家族が実感してもらえるような施設づくりをブレずに、そして継続的に取り組んでいこうと考えています。&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Thu, 23 Jul 2015 03:34:50 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933724</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>組織的な達成感へ変換</category><category>ソーシャルアドミニストレーション</category></item><item><title>環境が環境を呼ぶ</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098957</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;環境が環境を呼ぶといういうことがある。スポーツの中では子供のころから同じように練習をやっていても、人と違うセンスや才納があるんじゃないかと認めら れる人がいます。それはほんのちょっとした技であったり、その種目に対する日々の取り組みから感じられることもあります。秀でたものがあればコーチから 「あそこへ行ったらどう」をそのセンスや才能を伸ばすための次の環境を示してくれる。その技を極めることができるさらなる環境をすすめられる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だぶんそこでも素晴らしいコーチに出会うでしょうし他にないトレーニングも受けられるでしょう。個人の資質として、遺伝的要素があるのかもしれないが他者 がしっかりと認めてくれる環境がある人は、その人がいるそのものの環境が次の環境（ここでは人なのかもしれません）を呼ぶように思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;野球選手やオリンピック選手をみると確かに遺伝的要素が環境を選び決定づけるというこがある人もいますがが、その人自身のセンスや才能や努力、そして周りにいる人との関係など、人と人との関係も含む環境的要素が大きく次の環境を呼び決定づけるのではないかと思う。遺伝的要素により環境を呼ぶ人は、ほんの一握りの人であって、僕の含めたそうでない人たちでは何が環境を選び決定づけるのだろうか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;仕事としての介護い就いたとき初めて知る自分の力のなさであったり、あたり前と言われるケアと現実のギャップであったり、こういうケアがしたいという想いであったりチームケアの現状であったりと、「今、ここにいる」「ここから」の自分からという、自分自身のモチベーションを維持するかしないかにかかっているのではないかと思う。マイクロビヘービアチェンジで あるけれど、決していいとは言えないケアの中で少しでも良くしていって、少しの変化を利用者から確かめ、達成していいっている人には力を感じます。施設の 中にも同じ方向を向いていてしっかりとその過程をみてくれている人が必ずいます。他者がしっかりとその過程を見ていて認めてくれるだろうし、そういう環境 によりモチベーションが維持され、ケアをどのように捉え考え取り組んでいけばよいのか次の環境を呼ぶのではないかと思います。人は必ずいるものです。さら には働く施設を越えてこのようにネットで同じ方法を向いている人に出会える。まさに環境的要素によって導かれている。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;陰口は言わない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;直接文句を言われるのは許せる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、自分の噂が第三者から耳に入るとイラッとする。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;たまに人の悪口しか言わない、モチベーションを下げるプロがいる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その人に陰口を叩かれているのを知るとテンションが下がる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、気にすることはない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;周りの人はその人の言ううわさ話を、ああ、また言ってるわと聞き流すだろうし、何の影響力もない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;陰口を言う人に誰も本音を言わない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;結局攻撃的な発言ばかりしている人は周りにそんな人しか集まらないし、逆にポジティブな発言をしている人にはそんな人が集まる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;口癖が周りにいる人を変える。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sun, 01 Feb 2015 07:38:29 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098957</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>組織と個　</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933723</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;稼ぐことを忘れた個と稼げない組織のあり方&lt;br&gt;稼がなくてはならなくなった組織と個&lt;br&gt;&lt;br&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;a href=&#34;http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E4%B8%80%E4%BD%93%E6%84%9F%E3%80%8D%E3%81%8C%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%82%92%E6%BD%B0%E3%81%99-%E7%95%B0%E8%B3%AA%E3%81%A8%E4%B8%80%E6%B5%81%E3%82%92%E6%8E%92%E9%99%A4%E3%81%99%E3%82%8B-%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E7%97%85-%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-PHP%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E6%96%B0%E6%9B%B8/dp/4569811523%3FSubscriptionId%3DAKIAIM37F4M6SCT5W23Q%26tag%3Dlvdrfree-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4569811523&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/468e5742495937f9d2161c9adcd5914b_be1e3e44df4b53ff5003ffac2bb956aa.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;/a&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;div&gt;&lt;a href=&#34;http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E4%B8%80%E4%BD%93%E6%84%9F%E3%80%8D%E3%81%8C%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%82%92%E6%BD%B0%E3%81%99-%E7%95%B0%E8%B3%AA%E3%81%A8%E4%B8%80%E6%B5%81%E3%82%92%E6%8E%92%E9%99%A4%E3%81%99%E3%82%8B-%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E7%97%85-%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-PHP%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E6%96%B0%E6%9B%B8/dp/4569811523%3FSubscriptionId%3DAKIAIM37F4M6SCT5W23Q%26tag%3Dlvdrfree-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4569811523&#34; class=&#34;u-lnk-clr u-txt-clr--lv1 u-bdr-clr&#34; target=&#34;_blank&#34;&gt;「一体感」が会社を潰す 異質と一流を排除する&amp;lt;子ども病&amp;gt;の正体 (PHPビジネス新書) [新書]&lt;/a&gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;出来上がらない状態を意識してだね&amp;nbsp;&lt;br&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;a href=&#34;http://www.amazon.co.jp/%E5%AD%A6%E7%BF%92%E3%81%99%E3%82%8B%E7%B5%84%E7%B9%94-%E7%8F%BE%E5%A0%B4%E3%81%AB%E5%A4%89%E5%8C%96%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%83%8D%E3%82%92%E3%81%BE%E3%81%8F-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%AB%98%E9%96%93-%E9%82%A6%E7%94%B7/dp/4334033075%3FSubscriptionId%3DAKIAIM37F4M6SCT5W23Q%26tag%3Dlvdrfree-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4334033075&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/a3de57825d6aaee6c67371b7eeb6a899_2cef87505caae8786ca073c800ac85bc.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;/a&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;</description><pubDate>Wed, 16 Apr 2014 08:15:39 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933723</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>ソーシャルアドミニストレーション</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/468e5742495937f9d2161c9adcd5914b_be1e3e44df4b53ff5003ffac2bb956aa.jpg"></enclosure></item><item><title>職員モラールの構成要素③職員の個別化</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933722</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;仕事が仕事を教えてくれる組織とは&lt;/span&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;、&lt;/span&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;①の組織内のコミュニケーションの活性化と職場における雰囲気の関係&lt;/span&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;や&lt;/span&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;②の組織の経営方針とその徹底&lt;/span&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;な どが、施設の仕組みとして取り組まれ前へ進んでいる組織であると思う。組織としての介護サービスを提供するには組織の中の仕組み、構造づくりが必要で、そ れを創る個々の職員は組織にとって必要不可欠であり、個々の職員の成長が結果的には仕組みづくりの取り組みを左右する。だからこそ職員の個別化は取り組ん でいかなければならない課題であると考えている。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;仕事が仕事を教えてくれるような組織にいる人は、たぶん仕事を通じて自分が成長していると実感している人ではないかと思う。②で記した意味を発見し、やりがいを見出していると思う。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;しかし、僕自身がそうであったように（今もですが）おそらく介護職に就いている人は、自分のケアはこれでいいのだろうか、悩み、迷い、不安を抱き、そのの中でケアしているのではないかと考える。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;介護の現場は、24時間切れ目ないケアの連続性の中にありその状況の中で仕事をしている。ＯＪＴが必要であると認識していても現場は必要最低人員ギリギリの実態にある。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;ユニット型特養においては、現実に勤務の状況が10人に対して1名の勤務帯の時もあり、ユニットリーダーや先輩が就いて指導の必要性を認識しているものの、そのリーダー自身もシフトの中に組み込まざるを得ない状況だからである。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;職場における職員の成長のための支援や方策には、職員の成長という視点も含められた人員配置等の最低基準の底上げの必要性が背景にあるが、こうした中で職 員は、自分のケアはこれでいいのだろうか、悩み、迷い、不安を抱きながらケアしているのが実情なのである。全ての職員が成長したいという思いがあることを 前提として受け止め、限られた配置の中でどう職員の個別化に取り組んでいくかはその組織を代表する管理者そしてその組織に身を置いている主任やリーダーの 課題である。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;鉄は熱いうちに打たなければ冷めたらどうにもならない。火入れをし打ち、また火入れをし打ちなんども繰り返して形をつくっていくように管理者やリーダーの 言動や行動様式あるいは助言や指導が、ある意味、ケアを確かめる場であり職員と上司の火入れをし打つ場面でもある。職員の評価の半分の責任を自分の肩に背 負うということであると思う。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;僕自身もリーダーや主任という役割を担う機会を与えられました。介護現場の中では、具体的な介助だけなく例えば、日々の業務や介護についてのミーティング や申し送りとして、次のケア、次の職員につなげるための重要な場面があります。ケアの実施の確認だけでなく、ケアの考え方とその方法について伝えなければ ないらない時があります。ひととおり説明するも、それだけ全て伝わり理解したとは思いません。個々の職員がどれくらい理解したかを判断します。Ａさんはこ れぐらいと思ってもＢさんはもう少しの理解が必要ではと判断します。そして確かめます。その後に再度説明や確認を繰返します。その人のバッググラウンド、 スキル、仕事の指向性、その人自身のモチベーションの状態などを個々に把握し、ある程度、僕自身の感での判断による職員への支援でしたがその過程において 職員を個別化して支援していくことの必要性を強く認識しました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;個別化の必要性について僕自身がリーダーや主任を経験して得られたことは、支援する側にまず職員に成長してもらいたい、成長してもらうにはという視点が必 要でありこの考えを基本にした上司との関係、上司への仕事における信頼が職員の成長に大きな影響があることを知りました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;仕事における信頼を基本した交流の中で、職員は上司の様々な判断、行動様式から、自分が知らないことを「知る」機会を与えられることになる。知らないこと を知る、自分のケアを先輩を通じて確かめられるという機会があること、そういう機会と関係性により職員の個別化が進められていくのではないかと考える。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・職員には様々なバックグランドがある&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・スキルの差がある&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・ぞれぞれの指向性もある&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・役割不明瞭感、あるいは自分のケアや自分の施設のケアに対する疑問や疎外感がある&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・不安の中で仕事をしている&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・確かめられる先輩やリーダーがいてほしい&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・成長したいと思っている &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sun, 13 Apr 2014 09:03:22 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933722</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>ソーシャルアドミニストレーション</category><category>職員モラール</category></item><item><title>ソーシャルアドミニストレーション（social administration）　医療・看護・作業・理学療法楽研究所</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933721</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;&lt;a href=&#34;http://tankenkanoheya.blog74.fc2.com/blog-entry-337.html&#34; class=&#34;u-lnk-clr u-txt-clr--lv1 u-bdr-clr&#34; target=&#34;_blank&#34;&gt;ソーシャルアドミニストレーション（social administration）　医療・看護・作業・理学療法楽研究所&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Tue, 04 Feb 2014 12:31:28 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933721</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>ソーシャルアドミニストレーション</category></item><item><title>介護の優位性</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933720</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;心配事の優位性について、心配事はその人の優位性のもとに変化していき、意識の上に上っていくことを理解する必要があり、援助者として、理解しようという姿勢と手立てが鍵となると理解しました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;言葉があっているかどうか迷いますが、医療という枠組みの中でおきる患者の心配事の優位性と捉えると、介護という枠組みの中でも、また違った心配事の側面 があるのではないかと思います。老人ホームでは、その入所している方々の抱えている性質上、改善や回復というより、生活のための様々な行為を「維持」して いくことが重要となっていきます。そして、それは人の手をかりなくてはなしえない生活行為といえます。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;排泄介助や生きてゆくために重要な食事の介助、ベッド上で寝返りのできない方は、寝返りも人が行う介助が必要となります。以前、物と人の関係で書きました が、人が行う場合は「介助」と呼びます、物（例えば車椅子）の場合は介助と呼びません。自助具と呼ぶように、いずれ自分の支配下になります。この、人の手 をかりなくてはならないという介護の側面が、利用者である個にとっては、大きな心配事を作り出すのではないかと思います。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;　もう随分前になりますが、私が駆け出しのワーカーさんだった頃のことです（20年前位にまりますか）。昼夜問わずナースコールの頻繁な利用者がいまし た。その日は私は、夜勤（30名を一人）で、内心「今日はどうかなぁ～」とちょっと憂鬱な気持ちで夜勤に入ったのを覚えています。案の定、ナースコールの 連続、それも５分おきに、オムツ交換もできないほど。内容も、ちょっと足を動かして、布団の位置を変えてと細々とでした。あまり、頻繁なので私も考えたの を覚えています。「もしかして、私を試しているのだろうか」と。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;その方は、入所後間もない方でもあり、なんとか自分で動かせるのは、上肢のみ、それも手首から先と言っていいでしょう。寝返りも、夜の喉の渇きも人の手を かりる必要がありました。どんなことがあっても、対応しよう。それは、朝まで続きました。夜が明ける頃、声をかけました。「昨夜は眠れました？」の言葉 に、「ごめんなさいね、あなたも大変だったでしょう」と返ってきました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;この一言から、人の手をかりなくてはならないことを、この方は自覚していたのだということを理解しました。と同時に、身体的にはかなり疲労を感じていまし たが、精神的に癒された利用者からの一言でもありました。そんなことから、利用者には、二重の心配事や不安があることを経験的に知りえることができまし た。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;ここではナースコールですが、何度もなんどもコールで呼ぶのは、来てくれるだろうか、言い換えると、自分を大切に思ってくれているだろうかという不安か ら、もう一つは自分の切実な願いをきいてくれるだろうか、言い換えると、来てくれて対応してくれるだろうかという期待と不安があることを知りえました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;利用者の生活といっても日常の、刻一刻と過ぎ去っていきます。しかしながら、介護という関係からつくりだされる二重の不安を、もしかしすると常に抱えてい る方がいるのかもしれません。まず理解すること、理解しようとする姿勢を持ちたいと思います。その姿勢は相手に通ずると信じて、そうすれば、その不安を取 り除く方法は、あとから自然とついてくるのではないかと思います。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Wed, 29 Jan 2014 12:00:17 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933720</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>目をそらさないで虐待事故対策を実行していく</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933719</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/86faaeb58ac0e2d3e11f33e283fae61d_c831d0278943f2efd2b7dce80c2bfd22.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;私は管理者として、施設内で起きる虐待事故は写真の対岸の火事のように、あってはならないではなく、「あるかもしれない」「起きるかもしれない」と常々考えています。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;ＴＶ新聞報道等虐待事故が起きると、管理者のコメントはかならず「あってはならない」こと、として謝罪しています。しかし、よく考えると、あってはならない、つまり「あり得ない」こととして、なんにも対策や施設内での検討を行っていなかった、としか思えてなりません。施設長はじめ主任、リーダーがこのことについて報道と同じように「あり得ない」こととして認識している、そう認識しているので行動を起こさないというような、そのような状態にあることが「原因」ではないかと考えています。職員による虐待事故は職員個々の要因だけではなく組織の構造的問題あるいは課題ではないかと考えます。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;では、私たちが行う防止対策はどう実行していけばいいのでしょうか。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;◎まず、“あり得ない”ではなく「起きるかもしれない」という認識に立つ。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;◎倫理観（モラル意識）の向上&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;　・身体拘束廃止の取り組みの勉強　・認知症ケアの勉強会・人権擁護について等々&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;さらには&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;一番重要なのが。モラル意識！&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;モラル意識の向上は大切だけど、はたして虐待事故の原因は個人のモラル意識の欠如だけ？でしょうか？&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;組織や職場の業務の仕組みや職場環境が原因で起きている可能性もあるのではないかと思います。個人の意識の向上もとても重要でありますが、組織の仕組みによって虐待事故を防ぐという取り組みを実行していくことが重要で組織にとってなくてはならない機能のひとつであると考えます。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;１　スピーチロック等の場面に遭遇した場合、もしくは自分がしてしまった場合は、リーダー若しくは主任に報告相談する。　　　　　　　　　　&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;主任より施設長へ報告する。と同時に当該職員、当該リーダーも施設長へ直接報告する（個の責任だけではなくチームとして起きた事実を受け止めて、どう改善させていくかの意志表示とします）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・報告の義務が私たちにはあります。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・リーダーは関係職員から、もしくはユニット内での可能な限り、その言動の事実を確認する。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・なぜ、そのような事態になったのかユニット会議を緊急に開催し、当該職員の改善努力は勿論でありますが、それよりもチームとしてどう具体的に介護場面での困難な状況に対応していくのかを話し合う。共有して共通認識のもとすすんでいく。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・この報告書については、リーダーが記録するとし会議後は早急に上司に確認してもらうと同時に決済後は、ユニット内のメンバーにも周知及び確認を行う。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;２　理性を失うような場面では独りで頑張らず一度引き下がり、他の職員がバックアップする仕組み・体制を作る。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;どんな場面でも自己抑制ができる、と自信をもっている職員は多いのですが人間の理性はそれほど強くありません。認知症の方の不可解の行動、理不尽な行為に対して、介護者自身の気分やメンタル、体調の良いときはいい対応ができますが、そうでないときもあります。体調不良や疲れ、イライラしているときに「何とかしなければならない」と義務感が強ければ強いほど、逆に理性や抑制力を失います。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・理性を失うような体験を話し合う（出し合うといったほうがいいかもしれません）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・その理性を失うような場面があることを自覚する。決してタブーではない&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・利用者対応の実際場面で理性を失う場面を洗い出す&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・理性を失いそうになった時の対応方法を話合い→ユニット内、ユニット間の方法とする&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;３　介護の仕事で溜まったストレスは介護（職場で）で解消できるよう、ストレス解消とモラル維持の仕組みを作る。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;認知症の方の一見不可解の行動や利用者の理不尽の行為に対して、職員が被害者意識を持ち職員同士でこの被害者意識を共有することで、慰め合い、楽な気持ちになろうとすることがあります。愚痴に始まりエスカレートしていきます。いつの間にか入居者を罵倒する。気づかない間に全体がモラル低下し、言葉による虐待が許され、次に小さな～となっていきます。すでに気づいているはずです。自らの知識、技術の足りなさのために問題老人を自ら作ってしまっていることを。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・専門職としての自ら自己啓発。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・入居者のＢＰＳＤの改善を目的とした話合い（ユニットでの）を持つ。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・認知症介護実践委員会による認知症ケアの勉強会　&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・入居者（認知症のある方）のヒストリーを知ろう、生活習慣を知ろう。ユニット内で共有する&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・入居者や職員に対する大きな声での元気の良い挨拶の徹底。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・風とおしのよいユニットを作るためにリーダーが上記を行動で示していく。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;４　極端に適正に欠ける場合やモラル欠如が明らかである場合は施設長が異動等の判断を行います&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;介護職としての必要な技術、知識、価値というよりは、自己抑制能力によると考えます。介護の実践場面では理性を失ってしまうかもしれない場面はあるかもしれません。しかしその矛先を入居者に向けてしまい貶めたり、蔑んだりするという言動につながるという状況は、職員個人の性格が原因で虐待するケースといえます。「ガマンできない」「他人よる極端に自分を優先する」「感情が高ぶると自己抑制ができない」など、自己中心的な性格による行為であり、その上で自己を正当化します。自己抑制能力があきらかに欠けているので介護職としての適性が疑われます。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・可能な限り事実確認を行い、当該職員と今後についての話合いを施設長が持ちます。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・明らかに、貶める、貶す、蔑む等の言動があった場面&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;・認知症の方の呼びかけに対して全く応じない（ネグレクト）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;なかなか現実を直視することがそうそう簡単にはいかなくて難しいことです。しかし、自身よりを超えた役割を担っているのです。役割は人を超えると考えます。ここが問題、ここが課題だと言葉に出して超え高々と言う人はいくらでもいます、しかし、その問題や課題を当事者としての目で見つめ、今日よりも明日へと、行動していくことが必要でそんな人たちがいる組織は力強いのです。鍵は個人の力やカリスマ性をもった人だけに視点をおくのではなく、あくまでも組織活動にしていくという考え。認知症介護実践委員会や、さまざまの課題に対する改善策のスタイル、これをとにかくオープンにしていくということ。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;組織活動はそこに身をおいて取り組んでいる人たちに懸かっている。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Wed, 11 Sep 2013 11:51:59 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933719</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>人権擁護　虐待防止　身体拘束廃止</category><category>施設サービス</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/86faaeb58ac0e2d3e11f33e283fae61d_c831d0278943f2efd2b7dce80c2bfd22.jpg"></enclosure></item><item><title>安易に見過ごさない</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/978177</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;部下のミスを安易に見過ごさない&lt;/p&gt;&lt;p&gt;役割が違うと、なかなか難しいものであるが&lt;/p&gt;&lt;p&gt;高齢者介護の現場では、チームを彩るケアワーカー集団&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それを率いるリーダーが存在する&lt;/p&gt;&lt;p&gt;主任と呼ばれたりする中間管理職ということになる&lt;/p&gt;&lt;p&gt;業務と介護のバランス&lt;/p&gt;&lt;p&gt;現場のチームの総量や質が、どのような水準にあるのか&lt;/p&gt;&lt;p&gt;チームを彩る個々のケアワーカーがしっかりと役割を&lt;/p&gt;&lt;p&gt;果たしているかどうか&lt;/p&gt;&lt;p&gt;見ていくことを求められているのが中間の人たちである&lt;/p&gt;&lt;p&gt;中間管理職として、自分の仕事もしなくてはならないが、チームの力量を通して役割を達成してゆくという&lt;/p&gt;&lt;p&gt;最大の目的かつ最大の難題がある&lt;/p&gt;&lt;p&gt;個々のケアワーカーが役割を「果たしていけるよう」に&lt;/p&gt;&lt;p&gt;一番、近くにいて&lt;/p&gt;&lt;p&gt;見てゆく人ということになる&lt;/p&gt;&lt;p&gt;いや、一番近くにいて、みることができる人といえる&lt;/p&gt;&lt;p&gt;で、どうしても超えなくてはならない部分に&lt;/p&gt;&lt;p&gt;部下のミスへの対応がある&lt;/p&gt;&lt;p&gt;部下とともに仕事をしているので、身近なところでミスに気づく&lt;/p&gt;&lt;p&gt;あるいは遭遇することができる&lt;/p&gt;&lt;p&gt;けれどもそんな立場にある人が&lt;/p&gt;&lt;p&gt;部下のその小さなミスを見過ごしたらどうなるだろう&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ミスに気づくチャンスを逃してしまうし&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自分の勘違いや、誤解に気づけない人になってしまう&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そうなってしまうと、指摘や、もしも大きいミスをしたときに&lt;/p&gt;&lt;p&gt;はたからみてもすぐに分かる「言い逃れ」をしようとする&lt;/p&gt;&lt;p&gt;職員になってしまう&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その本人は気づかないうちに「他責の念」で育ってしまうということになる&lt;/p&gt;&lt;p&gt;中間の職にある人の役割のひとつとして&lt;/p&gt;&lt;p&gt;部下のミスに気づくこと、そして気づいたら&lt;/p&gt;&lt;p&gt;即、指摘し正すという行動と積み重ねが、個々のケアワーカーの成長につながる&lt;/p&gt;&lt;p&gt;さらに大切なのは、部下に配慮して指摘することであると思う&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Wed, 12 Jun 2013 02:57:44 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/978177</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>確かめられる存在：リーダー</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/984698</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;確かめられる存在：りーダー&lt;/p&gt;&lt;p&gt;日本人には、「察する」とう技があります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「あの人、今日顔色が悪いね」「風邪ひいたんじゃないのかなぁ」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「今日、なんだか暗い顔をしている」「どうしたんだろう」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「なんだかさけているような」「何かあったのだろうか」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「いつもになく、笑顔がない」「挨拶したときも暗かった」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;こうして私たちは毎日の人との関係の中で、言葉だけではなく人と相互に交わるための、関係を保つための「察する」ということを無意識に時には意識して行っていると思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;けれどこの「察した」ことを、確かめたりすることはあまりありません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;顔色が悪いな、風邪ひいたのかな、なんだか沈んているな、その原因はなんだろうと、なんだろうかとその原因をつきすすんで探りだすところまではしません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし仕事としての介護においてはどうかと考えると、確かめるという我々の世界でも大切なのが情報であります。それは利用者の情報であったり、介護という仕事を通じてこのように様々な情報が生まれ事務的な情報であったり、運営上の情報であったり、自分の組織でのローカルルールであったと様々な情報があります。さらには組織内の人間関係の情報であったり（一番がここを気にする方もいますが）、本来の仕事関係を超えて人間関係を思うばかり、その人間関係で弱くなるときもあります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「うわさ話」、「あの人がこう言っていた」とこのたぐいの情報も。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;仕事として考えた場合の情報に求められることとは、発するものにとっては正確に情報を発信する必要があるのだろうと、何をどのように発するかもですがここでは正確な情報をとことだろと思います。受けてとしては正確なものをということです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;情報は常に変わっていきますが、その組織内においては上記のあげる情報は、ネットの世界のようにそう数分前のと変わることはないと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;正確な情報はそれ自体が事実であることが代えがたいものだと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;事実以外のなにものでもないもの。ケア場面においては、利用者本人が言ったこと、行動している場面そのものです。認知症の方の対応は事実としての行動や動作から、生活機能の視点で意味付けを行い支援していくことが求めらます。様々な行為を「うながし」成功するという「体験」を通じて「安心し」その連続によって「穏やかな状態」となってゆくことを目指しているといってもいいと考えます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ケア場面の情報、事務的な情報、運営上の情報、自分の組織でのローカルルール、組織内の人間関係の情報など、この事実をその判断の中心としたいものです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;とくに噂話は、それ自体事実ではない部分が多きにあります。しかし影響される人と影響されない人がいます。ＡさんＢさんがいて、ＢさんがＡさんにＣさんのこと、Ｃさんが聞いたらあまり気持ちいいものでない情報であったら、それがまわり回ってＣさんの耳に。ＡさんとＣさんの間が確かめられる仲であったらいいけれど、そうでない場合は、一挙にＣさんはＡさんＢさんとの間が・・・・ということにこれは極端かもしれませんがあるのではないでしょうか。人間関係の悪化によって仕事関係まで悪化していきます。人間関係の悪化のまえには、やはり仕事、実践の上に信頼は成り立っていると思うのですが。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかしながら人間は弱い存在です。つぶれてしまいます。そういう話は聞くほうも苦になります。それは事実ですか？と確かめる強さがある人はいいですが、そうでない人もいます。できれば左右されないものをもってほしいと願っていますし、自分もそうあるよう行動していきたいと思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;正確な情報をキャッチする能力&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その情報を吟味するの能力&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その判断した情報をもとに行動するそして「言葉で伝える」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これができるように共にやっていこうと。リーダーはそういう意味で「確かめられる存在」だと考えるから。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Tue, 23 Apr 2013 07:43:26 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/984698</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>ユニット型の場合は、入居者の居室で排泄介助をしている時に、他の方への見守り...</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/977938</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;ユニット型の場合は、入居者の居室で排泄介助をしている時に、他の方への見守りという意味では完全に目が届かない時間がある。これも個々の生活リズム、この時間はこの人をこれをやっている等が把握されているからある程度は対応できるのである。スタッフとしては目が届かない時間があるということを当然にあると理解しなければなないいが、目が届かない時間があることが決して質が低いとか、いけないことでではない。極端に言えば、この状況は家でも施設でも病院でもどこでも「ある」ことである。普通にある当たり前の状況なのかもしれない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、目が届かないということの理由には勿論人員配置の問題もあるがはたしてそうかということであると思う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;どなたかの排泄介助に入ったらどなたかは完全に目が届かない状況になるからこそ、個別の生活リズム表を対応の基本としている。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この様々な個別の取り組みを家族への理解してもらうように介護の見える化はますます必要になってくると思う。確かにリハビリ等のアクティビティをもっとという家族の要望もあるが、ユニットケアにおいて食事、排泄、入浴の基本的な部分への介護、生活支援をまず取り組んでいくのが施設ケアの中心として様々な施設の取り組みの結果、理解を得られてきたのではないかと思う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そのためにはユニットケアは、何が違うかということの整理が必要である。「は～いオムツ交換ですよ」というように一直線の排泄ケアになっていないかということである。全員トイレ、全員排泄、全員離床、全員食事、対応しなくてはならない人数が多いので、結果見守りができない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;一直線の排泄ケアとは&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・はーいオムツ交換ですよ。の言葉に始まる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・順番にオムツ交換&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・順番なので次から次へ&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・脳梗塞の方もアルツハイマー型の認知症の方も一緒&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・同じ動線の中でのケア&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・一直線の定時排泄&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・人が足りない&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そもそもユニットケアというものは個別ケアの実践のためのツールであるということ。それは情報量に違いがひとつある。従来型の特養では、ワンフロアーがだいたい５０名だと思う。５０名に日勤のスタッフが７から８名いたとしても、７から８名の職員の中の一人の僕は、やはり５０名のその方その方の情報を把握しなくてはならない。ひとりの入居者に１個の情報でも５０個の情報を把握しなくてはならい。ユニットの場合は、１０名なので１個の情報でも１０個ということになる。これが一人２個の情報となった場合は従来型においては、すでに１００個の情報、ユニットの場合だと２個でも２０個である。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;人が把握できる情報量というのは限られていると思う。把握できる情報量の違いがすでにあり、一人の方の情報量が多いというということはケアするものにとっては非常に大きく重要なことでその方により近い状態でケアができるということなのかもしれない。問題はその情報をケアという形にしていくことが鍵となるのだか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;排泄ケアで考えると、１０人×７回（昼間）＝７０回、排泄ケアが必要でない方もいるが、ユニットとして考えると１日に７０回の排泄ケアが必要となっている。２時間おきに５名程度の排泄に伴う介助が必要ということになるので、一直線の排泄ケアでやっていると大変だというような言葉がスタッフから出てくる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;あと個別のデータである。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・排泄はその方その方、あるいは疾患で違うということ&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・脳梗塞の場合は、蓄尿機能と排泄機能に障害を受けているので失禁があるということ&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・アルツハイマー型認知症では、蓄尿機能や排泄機能は保持されているが、認知症の中核症状によって場所やその方法がわからずに不完全となっている。場所や動作がわからずに失禁やトイレ以外の場所で排泄してしまう。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;このように疾患による違いを理解し、その方にあった排泄ケアが必要だから&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・脳梗塞後遺症では常に失禁状態がある方がいるがトイレットトレーニングをしても失禁が治ることはない。だからその方のリズムや排泄などのパターンを把握するとともに、尿量などにあったパッドなどを使用、あるいはトイレ誘導が必要。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・認知症の方では、失認や実行機能障害、尿意を感じても次の行為が困難になる。その人のサインを探り、トイレ誘導する。排尿成功、時間の記録、おそらくこの時間に排泄があるという仮説を、その方にとっての排泄ケアの根拠としていくための排泄記録である。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;このデータは活かすためには。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;いったりきたりの排泄ケアとしていく。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・個別のデータから、そろそろあの方の時間だ&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・まだ時間じゃないので、これをやっておこう&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・いつもこの時間だけど、下剤を飲んでいるのですこし早めにいこう&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・あっサインだ、トイレ誘導しよう&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・その方にとってのデーだに基づく定時排泄プラスその時の状況によっての随時排泄ケア&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・データによる排泄ケアでなければスタッフが多くても一直線の排泄ケアになってしまう&lt;/p&gt;&lt;p&gt;入居者にとって&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・尊厳をも揺るがす排泄行為を他人の手に委ねることは、認知症の方に限らす人にとって大きなこと&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・排泄データは、いったりきたりの排泄ケアの提供のためになくてはならない情報&lt;/p&gt;&lt;p&gt;個別の生活リズム表は、このように使い方によってはただのつけるための記録にしかならないが、次のケアに活かすための記録ともなる。一直線の排泄ケアにしていくのか、それともいったりきたりの排泄ケアにしていくかは、そこに身を置いているスタッフにかかっている。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Wed, 13 Jun 2012 01:50:55 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/977938</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>こんな僕でありますが、以前にある施設へ施設ケアのあり方について</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/967542</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;こんな僕でありますが、以前にある施設へ施設ケアのあり方も含めて具体的な介助の中でも主にトランスについてお粗末ながら講師としておじゃましたことがあります。その施設には、当時僕が介護職として携わっていたとき生活相談員だった今でも師と仰いでいる方が管理職として頑張っておられる施設でありました。この師匠との出会いがあったから、はじめに熱い思いが大事なんだということを示してくださったので今の僕はあるのだろうと本当に今思っています。その師と仰いでいる方の施設で講師なんてと思ったのですが、自分にできることなら、と自分の勉強のためにも引き受けましたのを思い出します。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;今でも覚えていますが、何を血迷ったのか第一声に「みなさんは、今ここでこの施設で仕事としての介護に就いていますが、その皆さんはいずれ今自分が働いているこのホームに入りたいと思いますか」と質問してしまいました。今思うと究極の質問ではなかったと思います。おそらく50名ほどの職員のみなさんがおいでなったのですが、シーンとなってしまいました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;さらに「これが今の現実ですよ」現実なのですと、この現実をまず一人ひとり受け止めましょうと、一人ひとり顔を見渡しますと「決してそうは思いたくはないのだ」という心の声が聞こえてくるようでした。誰がいいとは思わない施設に入りたいだろうか、ましてその施設で働いている自分は何なのだろうかと考えてもらいたかったのです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そこからでないと「仕事としての介護」に向かわないのではと、そう考えていましたし、今でもそれは変わりありません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自分がそうだったらという入り方が決して良いとは思いませんが、私だったらこうしてもらいたい、心地よい、だとするとこの方にとってはどういうことが、この方は何を望んでいるのだろうか、この方の人生は、この方の人生の集大成の今に私は係わっている、と繋がっていくように考えます。介護の広さと深さは私たちにかかっているのです。自分が入りたい施設という思いや気持ちから、この方が入ってよかったと思えるようなケアの模索に繋がっていくことを言葉たらずですが、もの凄い緊張感の中で伝えようと頑張った気がします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;介護は決してがむしゃらでやるものではなく、ケアの根拠をもって取り組むべきものであるといわれています。しかし、僕はがむしゃらでした。全盲の方がいて、その方はなんと足音で職員の誰かがわかり、勿論僕のことも、元気のなさも「わかる」といつも僕に話しかけてこられました。この方は普段は穏やかなのですが、ときどき感情がコントロールできず周りや職員をも巻き込む適応障害や心身症ではないかという状態が見られました。なんとなく職員の中でもひいては施設全体もこの方に対して、腫れ物に触るような雰囲気がありそんな中、新人の僕が担当することに、この方から日々苦労したこと、辛かったときの乗り越えたこと方、頑張ったこと、様々に語りかけてくれる話の中から人生の中で失ったもの大切にしてきたもの大きさを本当に感じました、だから今どうにもならない気持ちにもなるし、投げ出したい気持ちにもなるということを肌身をもって「ほんとにそうだなぁ」と思えるように僕自身も変化していきました。３年くらいかけて経済、社会、心理的なことを含めた、生まれてからの生活暦を作成してみてこの方が今こうあるのがなんとなくかわる、わかったというような経験をさせてもらいました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;がむしゃらでこの方のことは僕が一番知っているという状態を目指したように思います。その当時も３Kという言われている介護の仕事でしたが、いたって僕はこの仕事が楽しくてしかたなったのを覚えています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;みんな自分も入りたいという施設にしたいという思いがあることを前提にして、現実を受け止めてそこに身をおいている人が取り組んでいくしかないと思っています。誰かがやってきて作ってくれるものでもないし、用意してくれるものでもないと思う。僕の働いている施設は、がむしゃらな職員もいるし、すばらしいリーダー達がいます。誰がかけてもいけないと思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;笑い話ですが、年取って優先的に入れるように職員はポイントカードでも作ろうと提案したら却下されました。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Tue, 05 Jun 2012 23:10:49 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/967542</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category><category>職員モラール</category></item><item><title>気持ちいい仕事してみたい。</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098961</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;ホーム内を歩いていると「気持ちいい」と感じさせてくれる場面にでくわすことがある。お年寄りとワーカーさんが何やら世間話をしているらしい。 　なんとか自分で歩こうとしているお年寄りに寄り添うワーカーさん。このような場面は同じ同業者が見ても「気持ちい」なあと感じられずにはいられません。 そんな時はきっとお年寄りとワーカーさんは「よい関係」にあるのだと思います。私たちワーカー職は、日ごろからお年寄りの身体的な自立とか生活の質の向上 を目標にしていますが、このようにお年寄りと接する際、その時々の「よい関係」を保つことを大切にしていることに気づきます。実は、この「よい関係」をも とに対人援助サービスを仕事としているのですが、身体的は障害を抱えたお年寄りが故に、その障害ばかりに目を奪われすぎて知識や技術が優先になってしまい がちです。 　日々、多々あることですが容易な介助でもお年寄りの気分しだいで、困難を極めることがあります。 　認知症のある80代の女性の場合ですが、一番工夫を要するのが排泄介助です。この方はオムツを使用していますが、排尿があってもオムツが濡れていてもトイレへ行こうとしません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この記事は、実は18年前くらいに会書いたのである。僕が介護職として日々悩みながら、認知症とは「どうしてなんだろう」とその対応の難しさを感じながらやっていた頃のことです。理解しがたい認知症の方の行動はほんとに暗いトンネルの中にいる状況でした。場所がわからずいろんなところで排尿をしてします人、オムツが濡れていてもその介助を拒否し続ける人、認知症が基礎にあると様々な行動が不完全となっていきます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;介護の鍵は、その行為をその方その方にあわせて「どの様にうながすか」ではないかと考えます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その当時から思うと認知症ケアを随分と進化したなぁと実感します。場所がわからず失禁してしまう、歩行はしっかりしている、不完全ながらも排泄動作はできる。夜間、排尿が多くてオムツからシーツまで全とっかえが頻回、でも蓄尿機能と排尿機能はどうやら保持されている様子、入所後１週間の排泄データからは、800CC可能なパットではカバーできないし、２時間以上の時間があくとすべてが間に合わないということがデータでわかった。じゃ次の週から夜間は2時間間隔のトイレ誘導を基本としてさぐって行こう。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;認知症の方の行動や症状は様々に生理的な欲求との関連から起きているのではないかという仮説をたてた介護を行なうことにより、その過程はその人にとってのケアの根拠を導きだすまでになった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;暗いトンネルに中にあったのがようやくトンネルを出て眩しい光の中に進んできたように思う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その人にとってのケアの根拠を導き出す、ケアするものにとってなくてはならない視点であってケアチームとして求められる成果ではないかと思う。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 02 Jun 2012 07:39:28 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098961</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>安心感を抱くとは、ひとえに快い状態を構成する私たちに拠っている</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/981780</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/c8dbaede981ad4ac625a4d8e7268e2a6_49ba728b8257702c9891aca009e90ad6.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/43c09dad1e43d1ec4bb8874443eafb9a_8b2ffbde9151619e4029c2370e1c3d5a.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;今月中旬に田舎に帰ってきました。空港へ着いてレンタカーを借りる予定が免許証を忘れて急遽、母を訪ねて何千里というような旅となりました。朝四時に家を出てホームへ着いたのはお昼過ぎ、お世話になっている職員さんへ感謝を伝えお部屋へ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;思ったより元気そうでしたが、持病よりもやはり認知症が進んでいました。母自身は自分の名前が◯下というのは理解しているのですが、私がなぜ◯下を名乗っているのか、顔と名前が一致しませんでした。それでも夕方にようやくつながったようです。「私が産んだ、子じゃー」と、すでに亡くなった夫、そして自分のお父さんお母さんも母の中では生きており自分が死んだら葬式を出す人がおらん、と嘆く母。家にも連れて帰ってほんの少しですが時間をともにしてきました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;家族としてホームへ向かうといつも感じるのは時間がゆっくりと流れている中で毎日をおくっていること、母は「何にもすっこつがねっ」と言っていましたが前回帰った時よりもリュウマチの痛みもなく、なにより表情が穏やかになっていたことです。家族としてそんなに難しいこと、私たちでいう根拠をもったケアうんぬんではなくこのような安心が感じれることがなによりありがたいと思いました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ひとそれぞれが感じる安心は人それぞれに違いがあると思います。しかしそこに共通するのは、安心には安心できる要素があり、不安には不安となる要素があるのだろうと思います。私が感じた穏やかで快い環境、そこにはその人を表す空間、具体的な介助をしてくださるスタッッフの方々、部屋の間取りユニット間取り、匂い、音、光、この一つひとつがあいまって快い状態をつくっているのだろうと考えます。この一つひとつが要素なのだろうと。不安となる状態を作っているのも、この要素と考えます。この中の要素のひとつであるスタッフの対応がまず不快であったらどうでしょう。まず家族は不安を抱き、それが確かめたりお世話になっているからと申し出ることもできない施設の対応が全面にでているような施設であったら安心できるはずがありません。快・不快の視点、快が安心につながる、不快は不安につながるとういうことは家族の立場から見た方向ではあるけれど必要な備えるところではないだろうか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そうです。実は家族やご本人が感じる快い状態のために、その人を思い部屋を整え、臭いに気づき、その方にとっての介護技術を高め、役立ちたいと思い、自らを振り返り反省し、ときには留まったり、利用者のみせる光をしっかりと受け止めることができるように毎日、実践しているのです。安心感を抱くとは、ひとえに快い状態を構成している私たちに拠っていてその結果によるご本人やご家族からの私たちへの信頼によって私たちもまた支えられているのです。介護保険のサービスの利用は契約の締結により開始します。当の本人が望んで入所している人は誰一人いません。この事実から出発する施設サービスはもしかすると専門的な技術を持つ私たちの専門性や、経験の少なさによって快にも不快にもなる可能性をもっているということを肝に命じていこうと思います。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Mon, 23 Apr 2012 05:28:25 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/981780</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>組織的な達成感へ変換</category><category>施設サービス</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/170832/c8dbaede981ad4ac625a4d8e7268e2a6_49ba728b8257702c9891aca009e90ad6.jpg"></enclosure></item><item><title>リーダーの行動とスポンサードシップ</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/977962</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;研修の成果は必要になってくるのが学んだことを活かす、活かせるかどうかが一番重要であって参加しても当の個人の達成感だけにしておくのは、本当にもったいないという考えを僕自身もっています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;職員は、自分の考えや日頃の自施設での取り組みについて不安や疑問、あるいは「こうやっていきたい」という指向性をもっていると思っています。そういう意味で外部の研修は、抱いている不安や疑問を確認したり「こうやっていきたい」ということの確かめができる時であり、場でもあると思っています。どのような研修に参加するかは勿論重要な部分でありますが、その選定には組織の目的と合致する内容となってくると思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;参加した職員は、少なからず達成感を抱いて施設へ帰ってきます。その個人の達成感をいかに組織の達成感へ変換させていくか、これがなくてはならない仕組みの一つであると思っています。仕組みとして、自分たちのケアに還元させることが外部研修参加のもう一つの目的であることを明確にしていくとことで職員の意識も変化していくると思います。どうせ自分の施設ではできないというマイナス思考から、もしかするとできるかもしれない、こうしていく必要があるのでは、とアウトプット思考につながっていくということが言えます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ユニットリーダーとの研修（施設内の勉強会）打ち合わせの内容は、「介護サービス提供に係る記録の意義と方法について」でした。今月よりこの勉強会が始まるのですがその講師をこのリーダーが担当します。研修に参加して、自施設の記録についてより改善していくところが見えたのだろうと思います。自分が持ち帰ってきたものを施設の現状に照らし、どのような改善させていくかは介護主任やリーダーあるいは管理者のスポンサードシップが必要になります。決して丸投げはいけません。よく話の内容や中身を注視せずまかせっきりにして屋根に上がったとたんに梯子を外すようなことを、取り組み事例で聞く事があります。それでは職員が積極的に臨むことは勿論、その人だけでなく他の職員へのモチベーションも下がってきます。このあたり他の施設はどうやっているのかとても興味がありますし、いいところはどんどん取り入れていきたいものです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;介護の記録について考える時二つのことが必要ではないかと思っています。利用者との関係は具体的な介助を通じて広がっていきます。その場面場面の状況の記録となりますが、そこには記録からその方の暮らし営みが見えてくるような生活している証のようなものが求められるのではないかと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;いろんな場面があります。、場面を点とすると点、点、点が線になるように生活を作っているその方の点の記録です。点が線になり線が面になっていく、その方のいつも暮らしの光景が見えてくるようなそんな記録かもしれません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;もう一つは、サービス提供時の具体的な介助だろうと考えます。実際にどのような内容だったのか、提供の証ということになると考えます。それは介護計画に基づくケアの提供にはじまり、その提供した内容、あるいはその具体的な介助の内容が、利用者にとってどう効果があったのか、プランに対する自分たちの提供の内容、頻度、効果そのものの吟味であと思います。毎日の具体的な介助の実際は、そのほとんどがモニタリングの連続だと考えます。それを記録しておくこと当然だと思います。自分たちのケアをあとで吟味するための記録でもあると思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;モニタリングの連続と考えると記録も意欲的に感じると思うのですが、僕はそういうかって意味づけをして記録していたことを思いだします。自分たりが行った、あるいは提供したものがプランに沿ったものであるのか、その方にとってどのような効果があったのか、ということに気を止めることがまず必要であって、気をとめるのは何のために、なのかをもっと自分たちで考える必要があるのだろうと思います。そういう意味で、この記録の研修は継続的に、というか年度で必ず必要となってくる内容ではないかと思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;実は記録の意義と方法は教科書を見れば、的確に記されています。しかし、現場でそれをどう整えていくかは記されていません。おそらくそれぞれの事業所のこのような専門職集団として、どうあることが必要なのかという、「自分のこと」「自分の施設」として主体的に考え、行動している職員によって整えられているのだろうと考えます。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Wed, 19 Oct 2011 01:56:55 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/977962</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>介護のみえる化（３）</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/984688</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;某車の販売会社の看板、表は凄くきれいでピカピカ、まさにお客さんをひくようなビビットな雰囲気。ですが、その看板も裏はまる見え、表の様相はとはまったく逆でサビだらけでまったくみかねる状況。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これってもしかしすると介護の現場にもあるような光景のよう気がしました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;施設の建物、外観、真新しい設備などが表すると、そのハードを活かすケア力はまさにた私たちが自身が提供するケア、イコールソフトの部分ではないかと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;実は、表の部分よりこの裏の部分、ソフトのについてこそそこに身を置いている人たちが、取り組んでいく必要がある部分ではないかと思います。で、それはこの車会社のように、外側に人の目には結構、その&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ほんとのところが見えているのではないかと思います。それは、専門性うんぬんの前に、「施設の玄関に入った瞬間」のその雰囲気、窓口の人の所作や対応などなど、自然に出迎えてくる対応、そして実際の現場で働く介護職員の対応や言葉かけなどと言われる「もの」から感じられるものってあるような気がします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、その一瞬一瞬に感じられる「もの」の要素はとは、等身大であるけれど、自らの仕事においてその利用者に係わる上に懸命に対応している姿であって、なおかつそうしていくためにその利用者にとっての係わりを確かなものへしていこうという行動であり、それが他者にとって目に映る、感じられる「もの」になっていくのだろうと思うし、そうなのだろうと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;意識ぜすとも、このように丸見えの状況であるということに介護の現場ななにも怯む必要なないと思う。それぞれの職員が、それぞれの利用者に係わる時って、その具体的な介助の判断はそのおかれた状況で、職員が行っています。それは周辺状況をみて、その利用者の「こうであろう」という「こう思う、こう考えているであろう」ということ相互関係の中で確かめながら行っています。この連続の中にあるが毎日介護の実践ではないかと思っています。職員の手さぐりの介助に、その根拠を導きだしているのがこの「確かめながら」の利用者との介護関係ではないかと思います。ここは介護においてで外せない部分、求められる思考過程ではないかと思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;このように介護の現場は、けっこう頑張っていいます。いまや、その介護をもっと高いものへと進めていこうじゃないかという時期にきています。そのとき、ある意味、丸見え状態を意識することが必要なのかもしれません。といより積極的に「介護の見える化」を行うことによって、さらに専門性といわれることの土台、この思考過程が強化されていくのではないかと思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;様々な介護に関する記録、代表されるのが２４時間シート、その方の暮らしと、介護職員が係わる内容が記してあるものです。その方がどのような一日の時間の流れがあるのか、その時間をおって介護がどのような状況で行われているのか、まさに寄り添うケアの前提になる資料でもありますし、介護職員にはなくてはならないその方のデータであります。自分のことを自分での判断が難しくなってきた方については、その方の代わりに家族が様々な係わりを行います。介護の見える化は、施設全体としての外部への方向もありますが、まずはそこで暮らす方々が対象であると考えます。自分の親がどのような介護を受けているのか、ということに利用しない手はありません。というより、介護を見ていただいてもらうという、こちら側の姿勢が「介護の見える化」の一歩ではないかと思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そこで暮らすの一人の方にとってのケアがどのようになされ、こちら側のどこに課題があるのかということをまず取り組んでいこうという視点、安心してくらせる。「あ～ここへ入って良かった」と利用者や家族の安心の源になることが必要ではないだろか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;利用者にとって必要なこと、様々なサービスや取り組みを広さとすれば、その方にとって満足してもらえるようなケアができているのか、これでいいのだろうかという思考は介護のな深さではないかと思う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;目の前にいる利用者の暮らしの支援、そこを棚上げしてはならないと思うし自分も振り返らなければならない部分だと思った。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Thu, 09 Sep 2010 07:41:11 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/984688</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>介護の見える化</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/984694</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;評価される時、目に見える変化しか評価されないという側面があるのではないかと思います。今でこそありませんが廊下に入浴待ちのお年寄りが一列に並んでい る光景はつい最近まで特養の現場にあったように思います。この光景は家族も見て来ました。並んで入浴を待つ自分の親の姿は家族の心にどのように映っていた のだろうか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ハード面の改善とマンツーマン方式で入浴を考えようと工夫したことによってその光景は一変しました。「お風呂を待っている」から「お風呂に入りいく」とい うお年寄りの言葉そのものが能動的に変化した証拠ではないかと思います。目にみえる変化というのは評価が得やすいということが言えます。そして目に見える 変化というものは、職員のそれまでの介護方法や思考の洗い直しに繋がっていくと考えます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかしながら介護は目にめないという側面があるのではないかと考えます。事前に商品としてのサービスを手にとってみることもできません。施設に入所した場 合は、他の施設と比べてみることもできません。自身が利用するサービスは使ってみないとわからないという側面を介護はもっています。家族の側からすれば介 護施設に入所しているので介護そのものが目的なんだけど、その中身は排泄はどうなっているのだろうか、毎日何をやってるのだろかと。今はケアプランという 介護内容を計画した書類も勿論ありますが、その中身はどうなのかということが利用者される本人、家族がわかるように係わることが評価される側の必要な取り 組みではないかと考えます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;サービスという名がつく以上は、介護サービスもその評価の対象となる。日常の様々な生活行為を人の手に委ねなくてはならない人にとって、安心して暮らして いけるにはその人にとっての「必要な具体的な介助」がまず保障されていることが前提であります。この介助の善し悪しは、直接的には介護される側と介護する 側との「間」で確認されながら、探り出すという側面があります。その評価も実は利用する方にとって、「どうか」ということになりますがここに家族も加わっ てきます。認知症の方にとっては、その人本人に代わって介護職員が「確かめながら」介助していくことが必要になります。確かめることろも探りだす必要があ るでしょう。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;認知症の方、特にアルツハイマー型認知症の方では、排泄したいと感じて椅子から立っても、立ったととたんにトイレへ行こうとしたことを忘れ排泄につながら ない、次の行為へつながらないという実行機能障害という状況にあります。そうした状況の中で出口の方へいったり、探したり、トイレを探して時には部屋の隅 のゴミ箱に排尿したりすることがあります。行為が実行できないということから不安が生じてきます。介護職員は、その方の行動と様々な欲求や要求をつなげて ケアを探りだします。この方がこういう行動をとった場合は、「排尿したい」というサインと仮説をたてトイレへ誘導します。そして成功します。介護職員は、 行動や背景から先に排尿したいということを感じとって係わります。導きだされたケアがどうなのか確かめるところになってくると考えます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;さらに、介護行為やそれに付随する業務、あるいは利用者への言葉かけやそれにともなう所作、人がどう感じるかを考えながら動くことに、基づく配慮などが、 その人が感じる満足感の追求であるとすると、とても重要であって、これらの職員の行動は決して、専門職、専門的なことと比較して劣っていることは決してな いと考えます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、このようにその方にあったケアは、すぐには用意できません。確かめながらというように徐所に具体的な介助の質が上がっていくという側面がケアには あります。ベッドへ戻る時のお尻の位置、微妙な位置に移乗することがさせることをあたり前のようにできるには、あるいはその方のタイミングを図って一口ひ とくちの食事の介助ができるようになるには、ケアの過程の評価、それもその方にとってのケアを確かめるところを探りだしているかどうかによっている思いま す。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;探りだされた確かめるものは、様々にあると考えます。排泄パターンを調査したある程度のその方の排尿時間、トイレ誘導の時間を導きだしそれが記録された排 泄表、あるいは、２４時間のその方の日課表などが考えられます。あたり前のように行なっているケアであっても、それはケアの過程で導きだされたものであっ て、それらの記録などがその方にとっての目安となっているということで、まさにこれらは介護の見える化ではないかと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;施設サービスの場合は、その家族もサービスの評価者としての側面があります、私たちがどんな係わりをしているかというとき、探りだされた様々な記録やデータをもちいて説明することが、まさに介護の見える化としての取り組みになっていくと考えます。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sun, 29 Aug 2010 07:42:17 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/984694</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>因果な商売でもあるような・・・</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/981782</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;家で暮らしていたのに病気や怪我で入院する。リハビリも行い、家へ帰るためになんとかその思いで頑張る。退院の許可が出て家へ帰れるかと思ったら、グルー プホームへの入所となる。そして介護が必要な状態ということで老人保健施設に移ってしまう。次はようやく家で暮らせると思ったら、いろいろな事情で「生活 の場」である特養ホームへの入所となる。家へ帰れる思いだったのが、どんどん家から離れてしまう。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;介護が必要になる、生活の場そのものを変えなければならないとうことを余儀なくされ、いろんな施設での介護を受け、最後の場である特養へ入居する、そして私たちが迎える。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;高齢期は喪失の連続といわれる。仕事を失い、大切な人を失い、役割を失い、お金を失い、健康を失う。そして暮らしてきた場も。いろんなものを失い、いろん な施設で受けた介護の結果、最後が特養である。そういう最後の場であるということをあらためて考えさせられた。その特養で私たちは、どの様な介護をもっ て、その方の暮らしを支えていけるのだろうか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;利用者本位としての特養への入所とはを考えなくてはならないような気がする。本人に代わって特養の入所をすすめてきた家族は、入居が決まると本当に嬉しさ を表にする。しかしその一方で親を、本当は自分が見なければならなかったのに「ごめんね、すまないね、おふくろ」と自責の念が心の隅からはなれない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;家族も失ったのである。枯葉が一枚一枚落ちていくように記憶がなくなっていく。息子である私のこともわからなくなる。落ちていく枯葉を拾うたびに、大切な人を大切にできない自分をせめてしまう。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;少なくとも家族は特養に入居して、これからどの様な生活が待っているのか、再び特養（家）という場を本拠に暮らしを築きあげていくことを期待し願ってい る。いつかは死というものが待っているがその日が明日とは、今日とは思っていない。しかし、私たちは特養に入居した時点で、すでに今を生きている人として 受けとめている。もしかしたらその日が今日くるかもしれないと。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この大きな差を、日々の介護によって自然なことなんだ、安心の源なんだと思えるように、家族自身も準備ができるように、そして家族として自分の選択は間違っていなかったんだと、思えるような介護をしなければならないと感じた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;利用者本人にとっては「どこで暮らす」かは充分に大切なことなのかもしれない。しかし、私たちはその大切なところを受け止めることしかできない。どこで暮 らすかを受け止めつつ、「誰と」「どの様に」「共に」「暮らして」いくかに力を注がなくてはならない。人間は知らない他人のためには涙は出ない。ホームの お年よりが亡くなると職員は涙する。そして止まらない。介護を通じたその人との関係性がそこで生まれ、大切な人を大切に家族に代わって行なってきた証のよ うでもある。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そして涙する間もなく次の入居者の方の準備をすすめなければならないこの仕事は因果な商売でもあるような、そんなことも感じてしまった。 &amp;nbsp;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sun, 29 Aug 2010 05:45:09 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/981782</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>職員モラールの構成要素①組織内のコミュニケーションの活性化と職場における雰囲気の関係</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933718</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;職員による利用者への働きかけについて、職員が利用者のために行動しようとする背景には職員モラールが影響するということが様々な研究報告などから考えられる。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;介護技術を媒介として、私たちは利用者に係わります。介護関係の中には利用者が職員の介護を通じて実感する満足感が信頼に変化していく過程があるといえま す。関係性のあり方が満足を左右するということであると、その媒介となっている介護技術が重要と考えることができる。総じてサービスの質といわれるところ は、この介護技術をサービスとして提供する人、そして技術を使う人の要素に大きく関係していると考えられ、要素に大きく影響するのが職員モラールではない かと考えられる。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;モラルの概念自体を定義するのは、とても難しいと思いますが、この考えに対する参考になるものとして、&lt;/span&gt;&lt;a href=&#34;http://lagrime.exblog.jp/12037865/&#34; class=&#34;u-lnk-clr u-txt-clr--lv1 u-bdr-clr&#34;&gt;&lt;u class=&#34;fs-m&#34;&gt;研究のための覚書&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;に記してある『&lt;/span&gt;&lt;a href=&#34;http://www.jil.go.jp/institute/reports/2009/0113.htm&#34; class=&#34;u-lnk-clr u-txt-clr--lv1 u-bdr-clr&#34;&gt;&lt;u class=&#34;fs-m&#34;&gt;介護分野における労働者の確保等に関する研究』&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;及び、&lt;/span&gt;&lt;a href=&#34;http://hdl.handle.net/10069/21829&#34; class=&#34;u-lnk-clr u-txt-clr--lv1 u-bdr-clr&#34;&gt;&lt;u class=&#34;fs-m&#34;&gt;介護現場からみたサービス構造と施設評価への影響(質問紙調査からみた長崎県特別養護老人ホームにおける現状)&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;の二つがあげられます。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;介護分野における労働者の確保等に関する研究の中で介護職の確保の定着に向けて6つの点を提案しています。その中の（３）施設介護においては、特に経営方針、管理のあり方に工夫が必要であると言及していおり、コミュニティー型対策が有効であるとしています。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;（６）コミュニティ型対策を取り、介護職の不満を低めるだけでなく、やる気や満足度を高める。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;現状では多くの事業所が、個々の介護職の要望に応えたり、制度面での対応を図ることで介護職をつなぎとめようと努力している。だが、これらは必ずしも定 着・確保の有効な手立てとはなっていない。データ分析結果からは、介護職の確保・定着に成功している事業所に共通する特徴として、組織内コミュニケーショ ンを活性化し組織内での情報共有を図り介護職の健康対策や能力開発に気を配り職場環境を整えるなど、介護職を組織共同体の一員として見なし処遇するコミュ ニティ型対策が見出された。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;理論的にも、コミュニティ型対策は、介護職の職務不満を低めるだけでなく、介護職の仕事の結果への責任を高めることでやる気や満足度を引き出す。本データ分析結果から実証的に導き出された上記１～５の結果も、コミュニティ型対策を積極的に進めることで対応が可能である。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;現場でこのような対策をとっていくには金銭的な原資も必要であろうが、それよりもむしろ経営者やマネジメント層の従業員一人ひとりに対する見方が重要とな るだろう。介護職一人ひとりを事業運営上での手段としてではなく組織共同体(コミュニティ)の一員として見なし処遇することで、多様なバックグラウンドを 有する従業員ひとりひとりを取り込み、その成長に応じて処遇することで、介護職の疎外感や役割不明瞭感を解消し、専門職としての知識・スキルの習得が押し 進められていく。このような職場は、定着率が高まるばかりでなく生産性が高い職場となり、また、新たに介護に従事する者にとっても魅力ある職場となる。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;結果として、労働者のみではなく、利用者からも選ばれる職場となり、そうすれば更に人材の確保や育成を進める原資も豊かになる。このように、コミュニティ型対策はまさに、介護職の労働特性に応じたアプローチであるといえる。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;また、報告書では、今まで問われていなかった経営者やマネジメントについても言及しており、職員を組織としての歯車、駒ではなく主体的に行動・能力を発揮 する個人として捉えその個人の指向性を引き出すコミュニティー型対策が必要であり、そのための経営者・管理者の職員一人ひとりに対する見方が重要となると 述べている。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;利用者への働きかけについて、職員が利用者のために行動しようとする背景にある職員モラールとの関係において、上記報告書にあるような仕組みを、危機感を もって創っていく必要性を強く感じます。これらを参考にしながら職員モラルの構成要素について考え、どの様な考え方や行動様式が必要になっていくか継続し て整理していきたい。以下考えられた要素について記します。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;①組織内のコミュニケーションの活性化と職場における雰囲気の関係&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;②組織の経営方針とその徹底（誰が担うのか）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;③職員の個別化&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;④能力開発　研修　自己啓発&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;⑤上司と部下の関係　上司への信頼　リーダーが不可欠&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;これらが介護技術を使う人の要素に大きく関係している職員モラールの構成要素であると考えられる。まず①の組織内のコミュニケーションの活性化と職場における雰囲気の関係について考える。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;情報の共有ができているかどうか。事象が起きた時、あるいは問題が起きたときに蓋をせず、一部の人間の問題とするのではなく組織の共通の課題として取り組 めるようなオープンな仕組みが必要となってくる。このような仕組みづくりの前提には、経営者や管理者の考えがとても重要になってくる。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;現場で起きている問題や課題を、人の問題として注視するだけはなく仕組みや流れ、構造上の問題と捉え整理していくことにより、人の問題なのか、仕組みの問 題なのか、あるいは流れの問題なのかという要因が探りだされてくる。人によってでしか伝えることのできない情報とは何か、あるいは人が活かされるためには 何が必要なのか、どのような仕組みが必要なのかを考えるようになる。人への見方に変化が起きている。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;仕事としての介護、そこから生れる「意味」を深いところで「解かった」ということが共有の始まりであり、「意味」の共有が活性化のプロセスであると考える。介護を通じて起こる問題がどの様な性質の問題なのか、そのことに対する提案や意見が飛び交う雰囲気が生れてくる。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;命令系統はしっかりおさえながらも、下から上へ吹く風と上から下へ吹く風があるように組織の中にも対流現象がある。冷めたら空気は下へ、暖かくなったら空 気は上へ 、ぶつかるところにパワーが生れる。しかしそれらは繋がっているのである。介護現場の組織も対流現象のように現場と施設はつながっている。この力のあつま る場を仕組みとして創っていく必要があると考える。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br/&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;そして誰が担うのかという重要な問題があるが、例えばトランプゲームの場合、親だけがルールを知っていてもゲームにならない様に、全ての職員が組織内のコ ミュニケーションについての理解が得られるように明言し意図的な場を創っていくことは言うまでもない。介護現場は切り目ないケアの連続性という特性がある ように重要なのは、日々の介護実践の中において先輩やリーダーが積極的に、あるいは意図的にケアの内容について職員を指導したり確認するという行動が新し い情報を生む、これらの行動が仕組みづくりとしては有効ではないかと考える。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class=&#34;fs-m&#34;&gt;&lt;br/&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sun, 08 Aug 2010 23:50:17 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/933718</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>職員モラール</category></item><item><title>記憶がひとつの点だとすれば、記憶の点が点点点・・・・・・となってひとつの線...</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098964</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;記憶がひとつの点だとすれば、記憶の点が点点点・・・・・・となってひとつの線になっているかもしれません。それもドラマのように、映画のように繋がっている。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;認知症が方は、この記憶の「点」が途中で途切れているような、あるところで抜け落ちているような、一方がドラマなら、認知症の方の記憶はコマーシャルのような感じなのかもしれません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;３０秒まえのＴＶのコマーシャルなんて覚えてもいません。そんな状態が持続するのだから、不安にならないはずがないと思う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;抽象的だけと、この点・点・点を線にするような介護がしていきたいものです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私たちは、日常生活において次に何をなすべきなのか意識的（無意識かもしれませんが）に判断することを繰りかえしています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それが難しくなってきくる認知症の方には、言葉や動作で伝えるなどの「うながし」が必要なケアとなります。私たちは、日常生活において常に次になすことを意識的、あるいは無意識的に判断し行動している、じつはそれを繰り返しています。繰り返しの連続です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;認知症の方は次に何を行なえばいいのかわからなくなるときがあります。そんな時は支援者の言葉や動作でのうながしがとっても必要なってきます。うながしがどんどん必要となってきて、支援者の「うながし」で、様々な行為がうまくいきその「行為が継続」できれば、もしかすると安心につながっていくのかもしれません。行為を行うことで認知症の方が抱く、安堵感、うながす支援者という存在が、うながされる認知症の方にっとても安心につながるのではないだろうか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;逆に、うながされ、その行為がうまくできなかったときの失敗や支援者がみせる視線や非難によってどうにもならない感情がわくのだろうと思います。それが持続すると「うながし」を「拒否する」ようになるのだろうと思います。認知症は支援者の対応ひとつで作れるのかもしれません。うながすということと、うながされるということはどのような関係があるのかを考えていく必要があるのかもしれません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;時間の見当識障害は記憶障害を背景に早期に出現してきます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;いまがいつなのか&lt;/p&gt;&lt;p&gt;すなわち時刻や日付、季節、年がわからなくなる&lt;/p&gt;&lt;p&gt;時間の見当がつけられなくなる&lt;/p&gt;&lt;p&gt;時間の見当がつけられなくなったときどのような気持ちになったり、どのような行動をとるのだろうか&lt;/p&gt;&lt;p&gt;たずねるようになる&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「もうそんな時間になっていたのか」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「まだ朝だと思っていた」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「夕方なのか」驚いた　　不安&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「今この時間に行かなくてはならいところがあるのではないか」必死になって考えるではないだろうか。不安を繰り返し感じるようになる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;僕も休みに日に昼寝をして、ぱっと飛び起きる時があります。けれども時計をみて、窓の外をみて、「まだ３時だ、夕方かと思った」と時間を確かめる時計や日の光などの「時」を確認できるものを探しだして、確認して、安心します。だから、あさ目覚めたときも、時計で時間を確認して、「もうちょっと大丈夫」と思って、今まだ寝ててもいいと確認して安心してもうちょっと寝ます（これがやばくて遅刻しそうになるのですが）。けれども時間の見当がつけられない認知症の方にとっては、寝ても起きても、「今ここにこうしていいのだろうか」という「今ここで」を確認、判断することができずに、不安になっている、仕事にいかなくてはとあせっている、子供にごはんを食べさせなくてはと自分をせめ、なんとかそれをしようとする。だから、夜中でも不安になる。「今ここでこうしていい」と思い、抱くけるような「対応」が必要なのだろうと。嘘でもいい、当の本人が納得できるようなことで。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;時間の見当職障害のない人は、目がさめたとき、視覚、聴覚などの感覚機能を発揮して時計やカレンダー周囲の明るさなどの時間に関する情報をもとに次の行動をとっている。したがって障害のない人は、睡眠のあとは爽快な気分になるのはそこでの判断ができているから、そうでないので目が覚めたときに今何時なのかわからず不安になる。私たち、今この瞬間　何月何日で何時何分と見当をつけているので、「今ここでこうしていてもいい」と判断しているが、見当がつかなくなると「こどもがおなかをすかせている」「仕事へいかなくては」無断欠勤、「大切な交渉がある」と感じるようになる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;時間の見当機能は「今こうしていいのだ」という自分の安定基盤をつくってくれている。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 06 Jun 2009 07:42:04 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098964</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>魚の絵を描くという時、左を頭にして僕は描きます。</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098979</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;魚の絵を描くという時、左を頭にして僕は描きます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だいだい、これは描けると思いますが、右を頭にした絵は難しいです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;では、どうでしょう？&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・下からみた魚の絵は？&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・次に真上からみた魚の絵は？&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・次に真後ろかみた魚の絵は・・・・・・・・？&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・次に真正面からみた魚の絵は？&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・右斜めからみた魚の絵は？&lt;/p&gt;&lt;p&gt;僕はどうやら右斜めはかけませんでした。真後ろもなんだかダンゴ虫のような絵になってしまいましたが。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;多角的に物事を見るというのは難しいなぁと、さらに、その上にたって多角的に物事を考えるとは。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;いろんな角度で物事を考えなくてはならないといいますが、実は自分は一方向からでしか物事を見ていないことがこの絵で良くわかります。視野が拡がるというのは、このようなことからなのかもしれません。これがいずれ自分が物事を決めるとき、考える時の材料になるし、判断のもとになるような気がします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この角度からみた場合に得られた根拠は、考えられることは、と考えられるような、そんなことを考えました。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Wed, 06 May 2009 07:44:48 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098979</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item><item><title>客観的にということはどういうことなのだろか</title><link>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098965</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;客観的にということはどういうことなのだろか。老人介護の現場では、特に認知症状のある高齢者の方の介護においては、経験的な直感や、こうなんじゃないか という「感じ」や「気がつく」ことから援助方法のきっかけが見つかることが少なくありません。それは、あくまでも個々のワーカーの主観的な、その利用者を みたときの印象といいますか、まさに「感じ」であります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自分が誰だかも分からない、言語での疎通性も困難な、自身が感じているであろう身体感覚を表すことができない方々であります。その方のちょっとしたサイン や仕草を読み取って、「うん、これはもしかすると、おしっこ？」ではと、感じとって、実際にトイレ誘導します。そして、うまい具合にトイレでおしっこが成 功します。認知症の高齢者は、なんらかの身体の感覚を感じているのだと思いまますが、それが生活行動へつながらないところに苦しみや不安が生まれてくるの ではないかと思います。その証拠に不安になります、落ち着かなくなります、トイレに行きたいのですが、分かりません。こころがあるからだと思います。その 感じを、もしかするとその人以上に読み取って、あたりまえのように対応するという意味で、現場のワーカーさんは、やはり「介護の専門家」であると言えるの ではないでしょうか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　客観的というと、多数のデータに基づく値であったり、いつ誰がみても、多くの人に認められ納得されている様子とあります。しかし、正確に対象を捉えると いう意味もあります。ワーカーさんが「感じ」た、この感じは、とっても主観的なものでもあるにも係わらず、おしっこがしたいのでは→トイレで成功した、と いう事実からいえば、とても客観的といえるのではないかと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;入居者の心配事の優位性について、心配事は、その入居者の優位性（はじめは歩けるようになりたい→足がいたい→腕がいたい　　　意識されてゆく）のもとに 変化していき、意識の上に上っていくことを理解する必要があり、援助者として、理解しようという姿勢と手立てが鍵となると理解しました。言葉があっている かどうか迷いますが、医療という枠組みの中でおきる入居者の心配事の優位性と捉えると、介護という枠組みの中でも、また違った心配事の側面があるのではな いかと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;老人ホームでは、その入所している方々の抱えている性質上、改善や回復というより、生活のための様々な行為を「維持」していくことが重要となっていきま す。そして、それは人の手をかりなくてはなしえない生活行為といえます。排泄介助や生きてゆくために重要な食事の介助、ベッド上で寝返りのできない方は、 寝返りも他人が行う介助が必要となります。以前、物と人の関係で書きましたが、人が行う場合は「介助」と呼びます、物（例えば車椅子）の場合は介助と呼び ません。自助具と呼ぶように、いずれ自分の支配下になります。この、人の手をかりなくてはならないという介護の側面が、利用者である個にとっては、大きな 心配事を作り出すのではないかと思います。同時に豊かな相互交流でもあります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　もう随分前になりますが、私が駆け出しのワーカーさんだった頃のことです（20年前位にまりますか）。昼夜問わずナースコールの頻繁な利用者がいまし た。その日は私は、夜勤（30名を一人）で、内心「今日はどうかなぁ～」とちょっと憂鬱な気持ちで夜勤に入ったのを覚えています。案の定、ナースコールの 連続、それも５分おきに、オムツ交換もできないほど。内容も、ちょっと足を動かして、布団の位置を変えてと細々とでした。あまり、頻繁なので私も考えたの を覚えています。「もしかして、私を試しているのだろうか」と。その方は、入所後間もない方でもあり、なんとか自分で動かせるのは、上肢のみ、それも手首 から先と言っていいでしょう。寝返りも、夜の喉の渇きも人の手をかりる必要がありました。どんなことがあっても、対応しよう。それは、朝まで続きました。 夜が明ける頃、声をかけました。「昨夜は眠れました？」の言葉に、「ごめんなさいね、あなたも大変だったでしょう」と返ってきました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この一言から、人の手をかりなくてはならないことを、この方は自覚していたのだということを理解しました。と同時に、身体的にはかなり疲労を感じていまし たが、精神的に癒された利用者からの一言でもありました。そんなことから、利用者には、二重の心配事や不安があることを経験的に知り得ることができまし た。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ここではナースコールですが、何度もなんどもコールで呼ぶのは、来てくれるだろうか、言い換えると、自分を大切に思ってくれているだろうかという不安か ら、もう一つは自分の切実な願いをきいてくれるだろうか、言い換えると、来てくれて対応してくれるだろうかという期待と不安があることを知り得ました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;入居者の生活といっても日常の中で、刻一刻と過ぎ去っていきます。しかしながら、介護という関係からつくりだされる二重の不安を、もしかしすると常に抱え ている方がいるのかもしれません。まず理解すること、理解しようとする姿勢を持ちたいと思います。その姿勢は相手に通ずると信じて、そうすれば、その不安 を取り除く方法は、あとから自然とついてくるのではないかと思います。理解し、ケアとしての行動に移すことの重要さを認識していくのだろうと考えます。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Mon, 06 Aug 2007 07:43:32 +0000</pubDate><guid>https://kmatasak.amebaownd.com/posts/1098965</guid><dc:creator>kmatasak</dc:creator><category>施設サービス</category></item></channel></rss>