アキレス腱のように
いろんな役がつくということは、いろんな意味で煙たがられる立場になるのかもしれません。僕も介護職から始まりましたのであえて言いますが、いつもこう考えます。大変という言い方はいけませんが要介護状態の重度の方が入ると、例えば食事介助の必要な方がひとり入所すると、あるいは認知症の方で転倒の可能性があり見守りが必要な方が入所したりとすぐに「大変だ」という人が必ずいます。すると始まるのが相談員が悪い、施設長が悪い、施設が悪いと往々にして他責の念に終始してしまう人がいます。
僕もその「大変だ」だった一人でもあります。しかし当時僕が介護職として関わってきた時の体制や介護技術より今は数段にその体制も根拠のある介護技術も進歩しています。精神論や感情論の世界ではありません。特化した教育も受けてきています。ただ、感じるのは「大変だ」という言葉からは、自分ですでに線を引いてしまって、限界をきめてしまっているのではないかなぁと思うところです。
20%、60%、20%の理論では必ずこういうタイプの人はいます。現実に要介護状態の高い方はどんどん入居してきます。大変だ、からは何も始まりませんし、そんなことを言っている間にやることはいっぱいあるのです。こういう思考過程はどこからきているのだろうかと自分と対峙すると、肯定はしないのですが、福祉は心だ、大変だから入所してくるのだと精神論の時代の中で介護の仕事をしてきたからなのかなぁと思います。介護から生まれてくる様々なことがどのような性質の問題なのか、課題はどのようなものなのか本当の継続していくことが必要なのだろうと思います。本当に課題が山積みです。
ことこの限界については、目的としていることの達成にはそこよりも高めのハードルをと感じる毎日です。できない理由を集め述べる思考よりも、ここまではできる、もう少しできる。というような思考になっていくには実態がないと伴わないと思っています。ちょうどアキレス腱を伸ばした時、初めはきついけどどんどん伸ばした結果、初めの伸ばした位置などは全然痛くもきつくもないようになります。これだと思うのです。やらないと体が硬くなってしまいます。人が担っている組織も同じように気がしてなりません。
もう一つはその施設の中、事業所の中だけのルールや取り組みがはたしてあっているのだろうか自分たちの取り組みを自分たちで吟味する、疑う目があってもいいのではないかということです。それには外はどうなのかという目が必要なのだろうと思います。自らを専門家として高めていこうという人はやはり貪欲です。一個の施設ではなく世界は広いということを知っています。中を変えていくには外に力が必要です。アウトプットせざるを得ない状況を創る。特養においてどれだけそのことを考えて取り組んでいっているところがあるのか、その方策を知っている人がどれだけいるだろうかと自分も含め必ず取り組んでいく必要があるところだと思っています。
どのような組織においても組織のトップとはマネジメントと意志決定が何より仕事ですが、そこには少々の孤独感もあると考えます。その認識に立っていくということが大切で、やった後悔よりもやらなかった後悔のほうが大きいし、言った後悔よりも言わなかった後悔のほうが大きいものです。そうならないようにやっていくしかありません。
自分もそうだったように、上司に「こうしたほうがいい」「僕はこういう考えがあって、こうしていきたい」と言葉に出していました。時には批判もしましたし愚痴もいってきました。それはあくまでも僕自身の主観であったと思うけど、施設の外のこと、施設が置かれている状況、そこで働くスタッフの状況、いろんな状況の中で「今、ここで」そして「これから」にとって必要ではないかということを意見してきました。
要は上司に期待するのです。自分のところは「どこに向かって」いっているのだろうかという関心が僕の中を埋め尽くしていたのは事実です。だから公の場での発言、意見は僕にとってはとても大切でウェイトは大きいと思っています。きっかけはどうあろうと、スタッフが「発言している」からなのです、そこにはそのスタッフ自身の責任もともなっているからなのです。
イコールそれ以外は聞かないし、何もないということです。確かに僕自身も人の子なので時々折れることもありますが、往々にして「ある」ということをようやく理解しようとしている最中です。
この仕事、実践の上に信頼関係は成り立っています。それで充分だと思っています。すでに出来上がった人というのは、もしかすると自分でその限界を決めて、他責の念に埋め尽くされているのかもしれません。もったいないというか、悲しい気持ちになります。昨日よりも今日は一歩前へ進めるのに、そこに留まることも必要ですが、先の一歩のために留まっていると思いたいです。
少なくとも理念にあるように介護が必要になっても普通の暮らしが送れるように、そのための役割を達成するためのに集まった仲間(スタッフ)なので。
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