構造の中にいることを知る

昨日の鎌倉の花火大会は残念ながら中止なりましたが、老福の指導監査は雨が降ろうと雷が鳴ろうとある。と思いながら臨みました。やはり介護保険のレセプト、不正は絶対に見逃さない!という実地指導からすると、質をあげていくにはどうすればいいのかを共に導き出す、あるいは示唆してくれるという老福の指導監査はほんとにありがたいし、必要だと思ったしだいです。

そういう構造の中でケアを提供しているから、なんとかケアの質を良くしていこうと思って仕事としての介護の取り組みは勿論ですが、出来上がらない状態でいれるのかもしれません。
そういう構造の中にいない、事業者さんは自らのケアやサービスの質を自らでアンテナをはりしっかりと受信して改善や上げていかなくてはなりません。実に厳しい状況下(構造として)でやっているということです。

そもそもサービスとは、よくいうお客様から育てられるといいますが、こと我々の介護サービスはこの構造から違います。不味い、上手い、美味しい、接客がいい、とたんにお客様からレスが帰ってくるのが我々以外のサービスではないかと思います。飲食店なら途端に潰れます。
店主が口を開けてボーっとしていてもある意味お客さんから育てられるのです。こりゃ大変だ!と。しかし、私達が対象としている方々は、様々な理由でこの状況にはありません。認知症のある方や言葉を発することがとても難しい方々、すべての日常の困りごとを他に委ねざる得ない方々を対象としています。口を開けていてもお客さんから育てられる構造にはないのです。そういう構造の中で仕事しての介護を行っている、という認識に立つことなのだろうと思います。


同じ介護の仕事でも、自分が働く介護、福祉といわれる構造により、目の前の利用者さん、あるいは入居者さんへ実際に届くケアの違いがここにあるのかもしれません。仕事としての介護に従事する一人一人の職員の意識にどれだけビームされているかではないかと思います。
意識しその意識、理解が行動として、身につくこです。ここなのです。理解の先にある身につけるが、とにかく必要なのです。いろんな研修をやっても参加しても、それは50%なのです。活かす組織と本気のスタッフによるとつくづく実感した日でした。

各専門職そしてチームの成長のために、普段いろいろと口出ししてますが本日の指導監査は私管理者ははじめの挨拶のみで、あとは各スタッフに任せヒヤリング等もすべて対応してもらいました。

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